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  • 武末 明子 モントリオール美術館日本美術研究員

コロナとアマビエ現象と日本の妖怪文化


アマビエの出現を伝える瓦版 。弘化3年4月中旬(西暦1846年5月上旬)刊行。木版画。京都大学附属図書館収蔵。https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00000122

長引く自宅待機・外出制限の中、皆さまいかがお過ごしでしょうか。ご存知の方も多いと思いますが、新型コロナウイルスの感染拡大を契機に、日本では「アマビエ」という妖怪が注目を集め、大勢の人によって描かれたり様々な素材で人形などが作られたりしてSNS上を賑わしています(例えば#アマビエでツイッター検索すると続々と出てきます)。アマビエ現象は海外でも話題になり、The New Yorkerに記事が掲載されたり(https://www.newyorker.com/culture/cultural-comment/from-japan-a-mascot-for-the-pandemic)、イタリアでも「ウィルス退治に日本から参上したアマビエ」を人々がイラスト化するというウェブサイトが好評だそうです。(https://amabieamontesanto.wixsite.com/amabieamontesanto

アマビエは半人半魚の妖怪ですが、日本各地に広く伝わる河童や天狗などとは異なり、江戸時代後期に現れたのが瓦版(現在の新聞)にたった一度掲載されただけという珍しい妖怪です。(挿図参照)

 瓦版によると、アマビエは1846年に肥後(現在の熊本県)の海中から現れ、今後6年間の豊作と疫病流行を予言し、さらに「私の姿を写して人に見せよ」と言ったそうです。アマビエの姿を見せることが疫病退治に直接つながると言ったわけではありませんが、そのように理解されたようです。というのも当時、珍しい生き物、例えば輸入された象・孔雀やラクダは、その姿を見ると除災招福の御利益が得られると考えられていました。見世物興行や孔雀茶屋、そしてそれらの珍獣を描いた浮世絵版画の流行は、人々の好奇心をそそるだけでなく、現世的なご利益があってこそだったのです。アマビエだけでなく他の厄災除けの妖怪の姿も、疫病が流行るたびにお守り代わりに繰り返し描かれました。まさにツイッターの江戸時代版です。

 もちろん21世紀の現代において、アマビエを描いたりツイートすることが疫病退治に役立つと本気で信じている人はいないと思いますが、ありとあらゆるものにマスコットやキャラクターが作られることに慣れている日本人としては、このような現象は特にびっくりするようなことでもないですよね。(ただしコロナが流行する直前の2019年12月に検疫所がイメージキャラクターを作っていたことには少々驚きましたが。その名もクアラン。https://www.forth.go.jp/Quaran/quaran-hp.html?fbclid=IwAR3qVn0Bvw3fYRKwGPZoUMa8I5pPuQqaSfwfAXRq7VE_uDksax9EmvsZma0

このようなキャラクター天国の根底には、日本の妖怪文化があるような気がします。

日本人の宗教的観念の基層には森羅万象に霊が宿るとするアニミズムや神道の八百万の神といった概念があり、それらの霊魂を「擬人化」することによってさまざまな神と共に妖怪を生み出してきました。面白いのは、神と妖怪との境界線はあいまいで、悪さをする神もいれば福を呼ぶ妖怪もいたりします。この両義的な性格からか、「妖怪」も「神」も英語や仏語で一語で訳すことはできません。妖怪は単に ”monster” ではなく、神は単に “god” ではないのです。絶対的な善である世界の創造主である一神教の神とは違い、どこか「人間味」のある日本の神や妖怪は、我々の想像力をかきたてる存在でもあります。

 妖怪学の第一人者である国際日本文化研究センター元所長の小松和彦氏によると、妖怪とは「超自然的力・存在が介入することで生じたとみなす(合理的・論理的に説明できない)不思議な現象や存在・生き物」で、それは人間の力の及ばない大きな力の存在を理屈抜きで認める心象を表すものでしょう。日本の妖怪の特徴はその多様性と生活文化への深い浸透、そして今なお創造され続けていることだそうです。恐れの対象でありながらどこかユーモラスなところも、日本人の妖怪愛を表していそうです。

 妖怪はその身近さゆえ美術作品にもしばしば現れます。掛軸にも描かれますが、よりインフォーマルな絵巻物や浮世絵に多く見出されるようです。良く知られているのは室町時代から大正時代まで繰り返し描かれてきた『百鬼夜行絵巻』(https://ja.wikipedia.org/wiki/百鬼夜行絵巻)、また葛飾北斎の『百物語』シリーズでしょう。どんな妖怪が描かれてきたのかご興味のある方には、国際日本文化研究センターのウェブサイトに「怪異・妖怪画像データベース」があり、絵巻・浮世絵・大津絵などに現れたさまざまな妖怪を検索できるようになっています。http://www.nichibun.ac.jp/YoukaiGazou/index.html

 ご存知のように妖怪は今日のマンガやアニメ、現代美術にも引き継がれています。水木しげるの『ゲゲゲの鬼太郎』はその真骨頂だといえますし、ジブリ映画でもおなじみです。また妖怪をテーマにした美術展覧会も内外で数多く開催されてきました。ここですべてを挙げることはできませんが、下記の最近の展覧会ウエブサイトは情報や画像が多く、楽しめる内容です。

コロナ関連の気が滅入るニュースが多い昨今ですが、アマビエのリバイバルを機に、意外と奥の深い日本の妖怪たちとひと時を過ごして気晴らしをしてみてはいかがでしょうか?

*さらにご興味のある方に参考文献および講演ビデオ:

  • 湯本豪一「予言する幻獣」(小松和彦編『日本妖怪学大全』小学館、2003年)

  • 湯本豪一『日本幻獣図説』河出書房新社、2005年

  • 長野栄俊「予言獣アマビコ考」(『若越郷土研究』49巻2号、2005年)

  • 長野栄俊「予言獣アマビコ・再考」(小松和彦編『妖怪文化研究の最前線』せりか書房、2009年)

  • 常光徹『予言する妖怪』歴史民俗博物館振興会、2016年

  • 小松和彦『進化する妖怪文化研究』 (妖怪文化叢書) (せりか書房、2017年)

  • 小松和彦氏講演ビデオ 「妖怪と日本人の想像力」(日文研 ・アイハウス連携フォーラム)2014年9月19日 https://www.youtube.com/watch?v=tOo6c27yxkY

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