McGill大学での留学を振り返って

2016年7月より2年間、McGill University Health Centre、Royal Victoria Hospital 麻酔科（Dr. Thomas Schricker, Dr. Hiroaki Sato 師事 [専門は心臓手術と栄養・代謝] ）にて臨床研究、基礎研究をおこないました。

留学中の研究

臨床研究では心臓手術をうける患者さんに同意を得て術後認知機能障害(Postoperative cognitive dysfunction: POCD)とその治療法（インスリン静脈投与、経鼻投与）について研究を行いました。

基礎研究では心臓手術における人工心肺を想定したラットモデルで栄養と心筋虚血再灌流障害についての研究の立ち上げを行いました。まずはDowntownの研究室(Dr. Khoutorsky)の協力を得て、実験を行い、後任の川上先生に引き継いで継続してもらっています。今後はRoyal Victoria Hospitalの隣のResearch Instituteに引っ越す予定です。

また同研究室でのマウスの用いたイソフルラン全身麻酔によるPOCDの機序、治療法についての研究にも参加させていただきました。

POCDとは

POCDとは手術・麻酔後に術前と比べて、認知機能が低下した状態のことをいいます。これまで、POCDは一時的なものと考えられてきましたが、数か月以上持続するものや、ときに不可逆的な例も存在します。POCDの発生頻度は、術後数週間は年齢に関係なく30-50%ですが、術後3か月での発生頻度は10-15%程度で多くが高齢者であると報告されています。長期のPOCDは退院後の生活の質の低下や就労困難と関連するだけでなく、死亡率の増加にも関連するとする報告もあります。

国際的に統一した診断基準がありません。それぞれの研究においてそれぞれ独自の診断基準を用いています。ですから、それぞれの研究を比較することが難しく、原因の究明、治療法の開発からも統一した評価方法の開発が待ち望まれます。

危険因子としては、年齢、手術時間、術前の全身状態、知的レベルなどが挙げられ、機序の一部として急性炎症が考えられていますが、全容解明は至っておらず、適切な予防法・治療法も確立されていません。

McGill大学での取り組み

McGill大学麻酔科では術後回復力強化プログラム(Enhanced recovery after surgery: ERAS)に注目をしています。 ERASのコンセプトは手術後の回復促進に役立つ各種のケアを研究の結果に基づいて、総合的に導入することで、安全性と回復促進効果を強化した集学的リハビリテーションプログラムを確立し、大手術においても、迅速な回復を達成することです。患者個人レベルの目的は、手術侵襲の軽減、手術合併症の予防、術後の回復促進の要素を達成し、入院期間の最小化と早期の社会復帰を目指しています。

その中で手術前の栄養状態の改善、さらにインスリン感受性の改善が重要な因子として示されており、手術前後の栄養状態の改善が炎症の軽減にもつながるとされています。

そこで、McGill大学麻酔科は術後認知機能と栄養に関しての臨床研究、動物実験を開始しており、その予防法・治療法についても検討しております。

私自身の留学の動機とその実際

日本で臨床経験、動物実験もある程度積んだところで、研究のステップアップやリフレッシュを考えたこと、私と妻子供の年齢的にも今だろうと考えて留学をさせてもらいました。もともと英語は不得意で社交的でもないので、苦労することは予想していましたが、やはりハードルが高く英語でコミュニケーションをとることにストレスを抱えましたが、みんなスタッフたちはやさしくフレンドリーに接してくれて、感謝しています。英語は、到底克服できたとは言えませんが、研究と英語につかることで、また一つ世界が広がったと言えます。井戸の中の蛙であった私が、仕事だけでなく、生活でも家族ともどもカナダ式の様々な日本ではできない非常に貴重な経験ができたと思います。

帰国後

現在は、日本では臨床業務が中心ですが留学中のテーマに関連した臨床研究と動物実験を継続しています。今後もMcGill大学麻酔科と協力して、研究を継続していく予定です。

謝辞

McGill大学麻酔科の上司である佐藤先生夫妻に公私とも大変お世話になりました。妻と子供2人の励まし支えで過ごすことができました。またモントリオールアカデミー会の皆さまに大変お世話になり、副幹事も1年間務めさせいただきました。この場もお借りしてお礼を申し上げたいと思います。