• ​情報の選択と理解 (Sep 5, 2020)

新しい生活様式での夏、いかがお過ごしでしょうか。学校が再開されるこの秋、予期されるそれぞれの事態に対して、我々はどのように知識を得、準備をすべきなのかについて、私見(集中治療を専門とする小児科医、疫学専門家、就学児を持つ親として)を書きたいと思います。

 

この春多くの方が、インターネットやテレビから溢れ出す情報に否応なしに曝されていたのではないでしょうか。特に我々は、カナダ、ケベック州、日本から様々な情報が同時に入り、それを理解し、自らの行動に反映する困難さを経験したのではないかと思います。また、これまでこれほどに科学リテラシー(Scientific Literacy: 意思決定、様々な活動への参加などに必要な、科学的概念や手法に関する知識と理解)の必要性がクローズアップされたことはあったでしょうか。断片的な情報、強い言葉で恐怖を煽るようなSNS上のメッセージ、自分の信念を他人に共感してもらいたいが故にアメーバのように広がるフェイクニュース。何を信じ、それをもとにどう行動したら良いのか、まさに「情報の津波」に遭遇したわけです。

 

批判的吟味(critical appraisal)という言葉を聞いたことがある方もおられると思います。医学では、入手した医学的、科学的根拠の結果を鵜呑みにするのではなく、傾向、先入観、データの偏り、個人の思考や思い込みから生じる情報の偏りに起因する「歪み」がないかを判断するためのプロセスのことを言います。我々医療従事者は日々の臨床業務の傍ら、新しい研究や論文をこの批判的吟味というフィルターを介することで理解し、臨床業務に役立てます。そして最終的には、図のような根拠の質のヒエラルキーを考え診療や治療方針を決定するわけです。詳しくはぜひ検索エンジンでご確認いただきたいと思います。

 

一つ例を挙げてみましょう。例えば、マスクをすべきか、すべきではないかという議論。春先には日本でもカナダでも大きなトピックになりました。過去の多くの研究から、自分を感染のリスクから守る手段にはならないが、他人を守る可能性はある。だから症状がない人は付ける必要はない。そんな議論がありました。実はこのロジック、一見根拠の質は高そうに思えます。しかし実際に論拠の批判的吟味をすると、その論拠となった研究はほぼ全て季節性インフルエンザ患者を対象とした研究であり(COVID-19は新興感染症なので当然ですよね)、根拠の質としては底辺に近い非常に希薄なものでした。パンデミック後、時間とともにウイルスキャリアであれば、症状がない人でも感染させ得ること、マスクやフェイスシールドそのものが被感染リスクを軽減するであろうと言う類の研究が少なからず発表されてきました。現時点では図で言うと上から三番目あたりの根拠レベルになるのかと思います。つまりまだ医学的に「強く」論拠を示すには至っていないという状況だと思います。こう言った議論がガイドラインや条例と言うものの論拠として使用され、我々の日常生活に影響を与えるわけです。

 

残念ながら、東西を問わず、公的機関の発表であっても、この手の根拠の説明がすっ飛ばされ、密室での議論の結果のみが公表されることが多い様に思います。結果、論拠のない考察は右往左往し、あることないことが囁かれ、我々の生活を混乱させることになります。もし「今は、こんな根拠しかないけれど、これが現時点で最も人々の利益、公益に資すると判断される」と説明すれば納得する人は多いでしょう。

 

この秋、モントリオールでもようやく学校が再開されます。クラスのサイズ、生徒同士の交わりなど連日議論されています。我々が持ち合わせているデータは、他の国、地域でのこどもたちの状況(感染を起こしやすさ、感染のしにくさ、など)であり、あまりにも情報の「歪み」が大きく、簡単にそれらを我々の社会に「移植」することはできません。

 

スウェーデンは積極的なロックダウンを行わないという方策をとったことをご存知の方も多いと思います。当初、集団免疫を目指し、多少死亡者が多くても目を瞑る、なんてことを目指した、というように報道をされました。しかし実際議論されていたのは、他の国で行われているロックダウンに科学的根拠があるのか、あるならその根拠の質は高いのか、という議論でした。当然、現代社会において、人類がこれまで経験したことのない事態ですのでロックダウンそのものに、質の高い科学的根拠があるはずがありません。であれば社会全体の利益を考えた場合、ロックダウンを取らないという方法を選択したわけです。同様に、我々が今、目の前で経験している多くの政策は壮大な社会実験の様なものと認識しておく必要があります。そう言われると不安になりますよね。一つ言えるのは、その裏にどのような論拠があるのか理解しておくことはきっと安心につながるということです。また日々あふれる情報を積極的に「選択する」ということです。防護服を着て街を消毒する人、遺体の山を土葬する人、人の居なくなった街、トイレットペーパーを買いに並ぶ人の列、テレビやネットで見かけるこれらのセンセーショナルな情報は大抵重要な情報ではありません。表面的ではなく、重要かどうかを判断する。そうでないものはできるだけ自分のテリトリーから遠ざける。そんな選別する余裕はないよ、という方は、図で言うと一番上のレベル、専門家のフィルターを通し集約してから発信しているWHOや国の公機関からの情報を中心に見るようにしても良いかと思います。

 

インフルエンザや他の冬季感冒ウイルスと新型コロナが、我々にとって「新しい生活様式」で初めてのこの冬、どのように交叉するのか。人間社会に対しウイルスたちは壮大な実験を仕掛けてきます。十分に準備をし、協力結束し、英知を絞り出すことで、我々は必ず乗り切ることができると思います。

川口敦‐CHU Sainte Justine、小児集中治療医

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