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  • ​不安な時に何をどう聴く? (May 23, 2020)

音楽を聴きます

ーセルフケアとして音楽を聴く時のポイントー

 

クリック一つで好きな音楽にアクセスできる昨今、音楽を聴いて自宅での時間を過ごしている方も多いと思います。不安やストレスを感じた時に音楽を聴くことの意義と、聴く時のポイントをまとめてみました。
 

1. 音楽を聴くと

音楽を聴いている間、脳の中では認知、運動、感覚、情緒など、さまざまな機能を司る部分が活性化しています。では、ストレスや不安を感じている時に音楽を聴くと、どうなるのでしょう?

ストレスや不安に晒されている間、体内にはストレスホルモン(コルチゾール、アドレナリン、ノルアドレナリン)が分泌され続けています。心を動かされる音楽を聴くと、こうしたストレス反応の源になる「危険感知センサー」の扁桃体の働きが抑えられ、さらには

・ドーパミンの増加(幸せ感、達成感、やる気、集中力、記憶力の高まり)
・セロトニンの増加(心の安定、やる気や集中力の高まり、睡眠の質の向上)
・オキシトシンの増加(ストレスの軽減)
・ストレスによって過剰分泌されたコルチゾールの低下

などの作用が体内で起こります。

また、不安な時に「自分の聴きたい曲」や「自分の聴きたいジャンルの音楽」を聴くと、音楽を聴かない時よりも不安が軽減されることがわかっています[1]。既成のリラックス音楽などより「自分の選んだ音楽」を聴く方が、痛みが和らぎ、苦痛に耐えられる時間も長くなるとの研究結果も出ています[2]。

つまり、自分が聴きたくて選んだ音楽は、不安な時でも体にポジティブな変化を促すというわけです。
 

2. 今の自分を知る

音楽のもう一つの特徴は、聴くことで「今の自分の心や体の状態」にアクセスしやすくなるということです。

「このウイルス禍で自分の生活はどうなってしまうのだろう」。「こんなことが起こる前にあれをやっておけばよかった」。不安を感じている時、私たちは目の前の現実ではなく「起こるかどうかわからない未来」か「起きてしまった過去」にフォーカスしています。

音楽を聴くと、音や歌詞だけでなく、自分の中に湧いてくる感情や体感に注意が向きやすくなります。このプロセスは、自分の「今、ここ」に意識を向ける「マインドフルネス」の作業と同じです。今の自分に気づき、少しの間そこに留まってみるこうしたプロセスは、コルチゾールの過剰分泌を抑え、ストレス反応を軽減することがわかっています[3]。
 

3. 無理のない範囲で感情を体験

音楽を聴く利点は他にもあります。既成曲はどんなに長いものでも、必ずいつか終わりが来ます。また一定のビート、繰り返すAメロやテーマ、聞き慣れたサビやクライマックスなどの要素が組み合わさって「自分がよく知っていて安全な空間」を作ってくれます。

何が起こり、いつ終わるかわかっていて安心な空間でなら、私達は自分の感情に向き合いやすくなります。一曲という無理のない範囲で、①自分の感情に気づき、②一旦それを認め、③その感情を体験し、④感情を解放することができるのです。


4. 気持ちを代弁してくれる曲に引き寄せられるのは、自然なこと

不安な時には、悲しい歌や暗い曲は聴かないほうがいい?そんな質問をよく受けます。

悲しい時には悲しみを綴った曲、不安な時には不安を語る曲に、人は引き寄せられるようです[4]。「そんな風に感じていいんだよ」「それが自然なことなんだよ」と、今の自分を丸ごと肯定してくれるからです[5] 。

不安や苦痛を和らげる。そのためには、まず始めに、今の「不安で苦痛な自分」が無条件で認められ、肯定される必要があります。この観点からいけば、不安を感じた時に不安に寄り添ってくれる曲を聴くのは、間違った選択ではないと言えます。


5. 音楽がいつも助けになるとは限らない

ただ、期せずして、音楽と厄介な形でつながってしてしまうことがあります。音楽には感じたものを増幅させる働きもあるからです[6]。音楽を聴いたら、ますます悲しい気持ちに囚われてしまった。そんな経験をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。

テクノやヘビーメタルなど、特定のジャンルの音楽がそうした傾向を持っているのではないかとする報告もありますが[7]、音楽を聴く時の状況は人によって様々です。むしろ、友人や家族との緊迫した関係や、自己肯定感の低さを抱えていることが、そうした傾向を強めるとの報告もあります[8]。社会経済的・心理的要因が音楽経験にどう影響するのか、またそういった要素が「どんな音楽を聴くか」よりも重要なファクターなのかどうかまでは、まだはっきりとわかっていません。

というわけで、繰り返し繰り返し同じ曲を聴かずにはいられないような場合は、注意が必要です。特に思春期のお子さんは、不安や悲しみに晒されている時、一人閉じこもって同じ音楽を反復して聴き続ける傾向があるようです[9]。周囲の理解と注意の両方が必要です。場合によっては、音楽療法士など専門家の助けを借りた方がよいケースもあります。

こうした可能性を避けるためには、「音楽との関わりをコントロールするのは自分」だという意識を本人が持ち続けることが大事です[10]。合わないと思ったら、曲を止めたり変えたりする作業を厭わないようにしてください。また、後述のように、音楽を聴くときに「感情を経験する場」と「現実」との「橋渡しの手段」を確保しておく必要があります。


6. 音楽を「安全に」聴くために

では、不安な時の「セルフケア」として自分で音楽を聴く場合、何に注意すればいいでしょうか。数曲聴くのであれば、

(1) 今の自分の気持ちを肯定する
(2) 少し前向きな気持ちで現実に戻る準備をする

この二つの経験ができるよう、二種類の曲を含めるのがいいでしょう。ご自分の「聴きたい曲」を次にあげる二種類から選んでみて下さい(プレイリストを作る際は(1)を前半に、(2)を後半から最後にかけて持ってきます)。

(1) 今の自分の気持ちを肯定してくれる曲

まずは、今の自分の気持ちを代弁し、感情に寄り添ってくれる音楽を聴きます。聴きながら、自分の気持ちを確認し、改めてその感情を体験し、そう感じる自分を肯定してみましょう。ただし、音楽によって自分の感情が思わぬ高ぶりをみせたり、自分のコントロールを超えそうだと感じたら、迷わず止めてください。できれば、そういう反応が起こるかもしれないと、前もって想定しておきましょう。

(2) 少し前向きな気持ちで現実に戻れるよう、橋渡しをしてくれる曲

次に、感情に浸る場所から抜け出し、前向きな気持ちで現実に戻れるよう橋渡ししてくれる曲を聴きます。ポジティブな気持ちになれる曲、元気になりたい時に聴く曲、昔から大事な曲、うまくいった過去を思い出させてくれる曲、大切な人につながる曲などを選んでみてください。

一曲だけ聴く場合は、今の気持ちに寄り添いながらも、現実への橋渡しをしてくれる曲を選ぶといいでしょう。うまくいかない現実を語りつつも、どこか前向きな気持ちをくれる歌詞、明るいイメージを感じさせる音風景、自分にとって意味のある言葉、気持ちを昇華させてくれるクライマックス、希望のあるエンディング、ユーモアのあるMV(ミュージックビデオ)などが含まれている曲を選んでみてください。

 

ピンと来ない方のために、「橋渡し」のコンセプトがわかりやすい曲をいくつか載せておきます。あくまでも参考例ですので、イメージがつかめたら、ご自分のお好きな曲を選んでみて下さい。ここには載せませんでしたが、もちろん器楽曲でも構いません。
 

スキマスイッチ『全力少年』 https://www.youtube.com/watch?v=IvDTkTKi5pA

sumika『ふっかつのじゅもん』 https://www.youtube.com/watch?v=mSe8zHd27MU

Ella Fitzgerald 『On the Sunny Side of the Street』(Live March 11,1961)

   https://www.youtube.com/watch?v=JiNaVmWlbnM

Madison Cunningham『Something To Believe In』https://www.youtube.com/watch?v=htFyGOwna_Q

Walk Off The Earth『I'll Be There』https://www.youtube.com/watch?v=zCb4yRPYpiI

 

5. 本当に辛い時は助けを求めよう

音楽は身近なものではありますが、万能薬ではありません。その時に置かれた状況や心身の状態によって、同じ人でも音楽の受け取り方は変わります。前回いいと思った曲が次もいいとは限りません。音楽を聴く時は、毎回、自分の反応に注意を払いましょう。前述のように「音楽との関わりをコントロールするのは自分」だという意識を忘れないように。

また、本当に不安で苦しい時は自分で抱え込まず、まずは信頼できる人に話してみてください。専門家に相談することも考えてみていただければと思います。

先が見えにくい状況が続きますが、音楽の力を借りて、皆さんが少しでも穏やかな時間を過ごせますように。

貫洞麻子

Saint Margaret Day Center/YMCA Residence 音楽療法士

 

[1] Walworth, D.D. (2003). The effect of preferred music genre selection versus preferred song selection on experimentally induced anxiety levels, Journal of Music Therapy, 40 (1), 2–14. https://doi.org/10.1093/jmt/40.1.2

 

[2] Mitchell, L. A., & MacDonald, R. A. R. (2006), An experimental investigation of the effects of preferred and relaxing music listening on pain perception, Journal of Music Therapy, 43 (4), 295–316. https://doi.org/10.1093/jmt/43.4.295

 

[3] Brand, S., Holsboer-Trachsler, E., Naranjo, JR., & Schmidt, S. (2012). Influence of mindfulness practice on cortisol and sleep in long-term and short-term meditators.

Neuropsychobiology, 65(3), 109-18. DOI:10.1159/000330362

 

[4] Van den Tol, A. J . (2016). The appeal of sad music: A brief overview of current directions in research on motivations for listening to sad music. The Arts in Psychotherapy, 49, 44–49. https://doi.org/10.1016/j.aip.2016.05.008

 

[5] Ter Bogt, T., Vieno, A., Doornwaard, S., Pastore, M., & Van den Eijnden, R. (2017). “You’re not alone”: Music as a source of consolation among adolescents and young adults. Psychology of Music, 45, 155–171. https://doi.org/10.1177/0305735616650029

 

[6] McFerran, K. S., Garrido, S., O’Grady, L., Grocke, D., Sawyer, S. M. (2015). Examining the relationship between self-reported mood management and music preferences of Australian teenagers. Nordic Journal of Music Therapy, 24(3), 187–203. https://doi.org/10.1080/08098131.2014.908942

 

[7] Trappe, H. J. (2009). Music and health--what kind of music is helpful for whom? What music not? Dtsch Med Wochenschr. 134, 51-52: E3. DOI:10.1055/s-0029-1243066

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20013543 (英語での抄録)

 

[8] Ter Bogt, T., Canale, N., Lenzi, M., Vieno, A., Van den Eijnden, R. (2019). Sad music depresses sad adolescents: A listener’s profile. Psychology of Music, https://doi.org/10.1177/0305735619849622

 

[9] McFerran, K., Saarikallio, S. (2014). Depending on music to make me feel better: Who is responsible for the ways young people appropriate music for health benefits. The Arts in Psychotherapy. 41, 89–97. https://doi.org/10.1016/j.aip.2013.11.007

 

[10] McFerran, K., Saarikallio, S. (2014).

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