独学で日本語を学ぶ人たちから学ぶこと
私は、2013年からマギル大学で日本語を教えながら、日本語独習者や自律学習について研究しています。以前、オンラインの講演会でお話しさせていただいたことと重なりますが、今回は私がこの10年間に出会った日本語独習者から学んだことについて書いてみたいと思います。
みなさんの中にも、アニメやドラマから日本語を独学した人が周りにいるという方がいらっしゃると思いますが、その数がだんだん増えていると感じている方も多いのではないでしょうか。国際交流基金の2021年度海外日本語教育機関調査によると、カナダの教育機関で日本語を学ぶ学習者数は、コロナの影響もあり、2018年度の調査からは6.1%減って18,293人、世界では17位の数だそうです。この数字をどう見ればいいのか、私もピンときませんが、注目したいのは、「テレビ・ラジオ・書籍・インター ネット等で日本語を独習している学習者等は結果に含んでいない」と記されていることです。つまり、日本語教育機関に通わず、一人で日本語を勉強している人が、この学習者数以外に(おそらく多数)存在するということです。台湾、香港、韓国で数年前に行われた調査(電通 2016)では、日本語教育機関で学ぶ学習者の10倍近くの日本語独習者がいると報告されていました。ということは、カナダにも相当数の日本語独習者がいることが考えられます。私のクラスに入ってくる学生の中にも、アニメやオンラインの学習アプリなどで日本語を独学し、とても流暢な日本語を話すのに、私と話すまで一度も日本語で会話したことがなかったという人が何人もいます。もしかすると、彼らのように独学後に日本語教室に参加する人はごく一部で、実は日本語を理解できるけれども、それを表に出していない人はかなりいるのかもしれません。また、オンライン学習ツールの開発が進めば進むほど、独学はしやすくなりますから、教育機関で学ぶ学習者がコロナのために減少したのとは反対に、独習者数は増え続けていることが想像できます。
さて、私がどうして日本語独習者に興味を持つようになったかというと、モントリオールに来たばかりの頃に出会った独習者の日本語の上手さに圧倒されたからです。それまでにも日本やタイで、日本語を独学した人たちに会ったことはありました。ですが、その頃の独習者というと、友だちから聞いた「ヤバい」、「マジで?」などのいくつかのフレーズを覚えている程度で、あまり「話せる」という印象はありませんでした。おそらく私だけではなく、多くの日本語教師が、「やっぱり日本語教室でゼロからきちんと習うのが一番」という考えを持っていたと思います。その考えを大きく変えてくれたのが、モントリオールでの日本語独習者たちとの出会いした。初めは、どうして文法を勉強していないのに、文を組み立てられるのか、どうして今まで私が教えてきた学生たちがよくする典型的な文法の間違いをしないのか、本当に不思議でした。そして、彼らが勉強してきた方法を使って授業をすれば、きっと素晴らしい日本語話者が育つはずだと考え、インタビュー調査を行うことにしました。
日本語独習者の学習方法については、村上(2018)がおもしろい分類をしています。「言語オタク型」、「アニメ型」、そして「ソーシャル型」の3つです。「言語オタク型」は、言語への関心が高く、教科書のような教材を使って学習するタイプ、「アニメ型」はその名の通り、アニメやドラマ、歌など、文字ではなく耳から習得するタイプ、「ソーシャル型」は、日本語母語話者や日本語学習者とのSNSを使った交流を通して日本語を学ぶタイプです。私がインタビューした独習者たちは「アニメ型」が多かったのですが、それぞれの特徴として、「言語オタク型」は比較的学習期間が短い、「アニメ型」は逆に10代前半からかなりの年数をかけて学んでいる、それから「ソーシャル型」は、「言語オタク型」か「アニメ型」との「複合型」が多いことが見られました。また、最近ではこの「複合型」の一つともいえる、「ゲーム型」の人が増えてきている気がします。そして、これはきちんと調査したわけではありませんが、「アニメ型」の人は自然な日本語を話し、特に歌から日本語を学んだ人は助詞などの文法の間違いが少なく、反対に、教科書で勉強した「言語オタク型」の人は文法の間違いが多いという印象があります。普通は、教科書で勉強した方が文法を正しく使えるような気がしますが、教科書で学んだ文法のルールが当てはまらない「例外」は、日常の日本語の中には数えきれないほどありますし、これをマスターするにはある程度の時間がかかるということでしょうか。ただ教科書は、短時間で体系的に日本語の文法を学べるように作られているので、大人がある程度のレベルの日本語を1年~2年で習得しようと思うと、やはり一番効率のいい方法だと思います。それに対して、歌の歌詞は一見すると文法が学べそうには思えませんが、歌詞を丸覚えすることで、この動詞にはこの助詞がくっついているというようなルールを音から感覚的に学び取っているのだと思われます。
そこで、私は自分の授業に、歌の歌詞やアニメのセリフから学ぶという方法を取り入れてみました。ところが、残念ながらこれはあまりうまくいきませんでした。というのも、「アニメ型」の人たちは何年もかけて自然な日本語を習得しているわけですから、授業に数回取り入れるだけで効果を期待するのは無理があったのです。また、クラスの全員が興味を持つ歌やアニメを見つけるというのは不可能でした。しかし、どうにかしてこの独習者たちの学習方法を授業に活かせないだろうかと、彼らの観察を続けた結果、大切なのは、どんな道具を使って学習するかよりも、どうやって学習を長期間継続させるかということだと気付かされました。そして、学習を継続させるためには、自分で学習方法を選択し、自分で計画を立て、その結果を自分で評価することが大事だということがわかってきました。特に、自分で選択することは重要で、好きなことを選ぶことでモチベーションが上がるだけでなく、自分で決めたことには責任を持つようになります。結果が出なくても、先生の教え方が悪いとか、レベルが合っていなかったなどと他人のせいにはできませんから、効果が見られなければ自分で方法や計画を変更し、それがうまくいけば上達を実感して、学習がさらに継続していきます。このことを私は独習者の学習方法から学びました。
現在、私の授業では「セルフスタディープロジェクト」を授業の一部として取り入れています。このプロジェクトでは、学生たちが各自やりたいことを選んで勉強し、毎週簡単な進捗状況のレポートを提出します。日本にいる共同研究者とも連携し、北海道にある大学でも英語を学ぶ日本人学生が同じプロジェクトに取り組んでいます。カナダでも日本でも、選ぶ学習方法は、ドラマや歌だったり、教科書の勉強だったり、料理のレシピだったりと、学生によって本当に様々ですが、今のところ、学期終了後のアンケートでは、回答者全員がこのプロジェクトによって、語学力が上達したと思うと答えています。もちろんこれは自己評価ですから、もし一般的な文法テストなどを行うと、伸びは見られないということもあるかもしれません。ですが、どんなに文法テストでいい点を取っても、コースが終わって勉強をやめてしまったら、それ以上の上達はありません。その点、自分で学習方法を選択し、独学する方法を学ぶこのプロジェクトの経験は、たとえテストでは上達が見られなくても、未来の学習の継続につながっていくのではないかと考えています。
みなさんの周りにはどのタイプの日本語独習者がいらっしゃるでしょうか。機会があったらぜひ勉強法や継続のコツを聞いてみてください。きっと語学学習だけではなく、いろんな学習に役立つヒントが得られると思います。
<参考資料>
国際交流基金(2021)「海外の日本語教育の現状―2021年度海外日本語教育機関調査より―」https://www.jpf.go.jp/j/project/japanese/survey/result/dl/survey2021/all.pdf
電通(2016)「台湾・香港・韓国の日本語学習者数は800万人規模―電通が国際交流基金と共同調査―」
村上吉文(2017)『むらログ 2017: 冒険と多様性』Kindle 版
Commenti