top of page

家族で経験したモントリオールと外から見た日本

  • 笹子 敬洋
  • 1 時間前
  • 読了時間: 6分

私がテニスに持っていくラケットバッグには、カナダの10セント硬貨のキーホルダーをずっとつけています。これは小学生の時に同じテニススクールの友人から、旅行のお土産としてもらったもので、昭和の終わり頃の年が描かれているのですが、その後令和の世になってご縁があり、2年半ほどモントリオールのマギル大学に研究留学をする機会に恵まれました。


お蔭様で我が家全員にとって、この上ない経験となりましたが、中でも海外の人が日本をどのように見ているかを知り、また自分たちも外から日本を見ることができたのが、とても良かったように思います。現地での日本文化の浸透は思っていた以上で、食品関連の単語で言えばsushiは別格にしても、tofuにmatcha、或いはyuzuやshiitakeなどが普通に使われていて、変わったところではpiripiriすら目にしました。子供向けのキャラクターも人気があって、ディズニーよりポケモンやサンリオを多く目にしましたし、書店に行けば日本の漫画だけで、大きなコーナーを占めているのにも驚かされました。旅行先としての日本にも高い関心があるようで、また武道に興味を持って習おうとする人も多いように感じました。


全体として日本の評価は高く、同僚によれば、日本なら1週間で終わることに、なぜここでは半年もかかるんだ、といった話になるそうですし、上司も、日本のニュースはよく耳にするが、悪いニュースは聞いたことがない、とも言っていました。人によってはそのような評価が、逆に嫉妬などの感情につながることもあるとは思いますが。時に日本の文化を理解してもらいづらいこともありますが、例えば上座下座について、昔からある面倒な因習だ、と説明するのと、その場所に座っているだけで相手に敬意を示すことができる、侍も大事にしていた習慣だ、と説明するのとでは、受け取り方が違ってくるだろうと今は思います。


モントリオールの印象もよく聞かれましたが、それに対しては1点目として、人々が親切で規則や秩序を尊重するところが、日本とも似ていて親近感を覚える、と答えました(相手は、そうだろう、という顔をします)。続いて、英語とフランス語、或いはアメリカ・フランス・イギリスの間でバランスをとろうとしているところも、伝統と近代化、或いはアジアと欧米との間でバランスをとろうとする日本と重なる、というのが2点目(そういう見方もあるか、という顔をされます)。そして最後に、いずれにしても我が道を行くアメリカ人とは違う、と付け加えるのが常でした(皆笑ってくれます)。


別なところにも書きましたが [1]、以前は漠然と、カナダはアメリカと似たような国だろうと思っていましたが、留学に来て程なくして、アメリカより寧ろ日本寄りではないかと考えるようになりました。留学したのはまだ新型コロナウイルス感染症の流行が収束していない時期でしたが、病院内で医療関係者かそうでないかに拘らず、皆がしっかりとマスクを着けていたのをよく覚えています。また赤信号で1人が渡り始めたのにつられて、残りの人も渡るような光景はよく目にしましたし、バスに忘れた荷物やクリーニング店でポケットに残したものが、無事に手元に戻ってきた経験もしました。ただケベック州(ないしモントリオール)以外ですと、話は変わってくるものと思われ、オリンピックなどでカナダ代表が登場すると、彼らがどの州出身かが気になってしまう今日この頃です(笑)。


勿論、日本との違いを感じる場面も多くありました。子供たちにとって印象に残ったのは、1つはストライキが多いことだったそうです。我が家が実際に経験したものとして、ざっと思いつくだけでも学校、スクールバス、郵便、バス・地下鉄、飛行機といった、影響の大きい業種のストライキが挙げられ、加えて墓地への埋葬も数ヶ月にわたって止まっていたと、帰国間際に聞きました。もう1つはフランス語の保護政策についてで、例えば留学生のフランス語習得や、店の看板の英語表記についての制限など、日本ではなかなか難しそうなものも目の当たりにしました。そしてそのあおりで、我が家の子供たちは全員、英語系の公立から英語系の私立へと転校を余儀なくされたので、印象も強かったものと思います。


現地校と日本の学校の違いも興味深いところで、みんなで逆上がりを練習する、或いはリレーの選手に向けて競争する、といった機会はそんなに多くはなく、また修学旅行のように全員が参加しそうな学校行事でも、行かずに学校に残る選択肢が提示されたこともありました [1]。言語面については、フランス語は勿論、英語も自由に操れる訳ではない状態で、子供たちは現地校に通い始めた訳ですが、通常授業とは別に個別に教わる機会も多く、それは大変ありがたかいことでした。理系科目に関してはcompetitionが盛んで、我が家の子供たちも代表チームに加わりましたが、特に算数・数学ではアジア系の生徒ばかりなことには驚きました。先生と会う機会も少なからずありましたが、英語でコミュニケーションがとれ、教育方針をしっかり持った保護者、という印象を持ってもらえるように努めたつもりです。


帰国に向けては、日本の高校の入学試験や、中学の編入試験を、一時帰国しながら受けました。帰国生入試などの選択肢が増えるのはありがたい一方、求められるものが英語だったり、日本の勉強だったり、課外活動だったり、学校や試験によって様々なので、オールラウンドに準備しておくのには苦労しましたが、向こうの生活を大事にしつつ、試験対策は効率的に最短距離で、というのが我が家の考えでした。高校入試の場合は、在留期間に加えて帰国時期、特に日本の中学校を卒業するかどうかで出願資格が変わる場合があるので、よく情報を集めるのをお勧めします。


日本に帰ったらまた集合住宅だろうから、と留学中は長屋のようなduplexの1階と地下1階を借りましたが、大家さんにも非常に良くしてもらい、ご近所付き合いも楽しい経験でした。子供の学校の先生や習い事のコーチ、特に空手の現地の師範にはとてもお世話になりましたし、日本から行きづらい場所を中心に、よく旅行にも行ったのも良い思い出です。時に異国の地で、健康面や経済的に不安を感じたこともありました。また妻が東京、自分はモントリオールと分かれて、それぞれ子供たちを学校に通わせた時期もありましたが、それも良い経験でした。研究室も良い人ばかりで、同僚には、大抵年は離れていましたけれども、いろいろと教わりました。研究テーマも上司が関心のあるものをもらうことができ、かつ意図した訳ではないながら、自分の日本時代の研究とも関連の深いプロジェクトとなりました。また総領事館との距離が近く、現地の行政や教育のトップの人々と、直に意見交換をする機会にも恵まれましたし、その他このモントリオールアカデミー会をはじめ、日本人コミュニティーの方々にも、大変お世話になりました。いつかまたモントリオールの街で暮らす機会があることを楽しみにしております。


[1] 笹子 敬洋:カナダ・ケベックに家族で暮らす. 東京大学第三内科 同窓会だより第54号, 3-4, 2023年12月.

 
 
 

コメント


この投稿へのコメントは利用できなくなりました。詳細はサイト所有者にお問い合わせください。
Featured Posts
Recent Posts
Archive
Search By Tags
Follow Us
  • Facebook Basic Square
  • Twitter Basic Square
  • Google+ Basic Square
bottom of page